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記録は選手だけのもの? 

前から少し話題になっている水泳の公式大会での水着問題。スピード水着とかのあれですね。

で、結局水着は綿で作られた物のみ許可をするということになってしまったみたいで。


それで、個人的にはそれに関して異論があるわけですよ。


だって、つまりそれは できるだけ早く泳げる水着を作ろうとしてる技術者の努力は記録のうちに認めない ってことでは無いのかな?


そういう水泳に限らず、色んな記録っていうものは、その個人だけの記録ではなく、人類の記録なんじゃないかな?
それを超えるために選手は体を鍛え、技術者は早い水着を考えるんじゃないのかな?

っていう感じに思うんですよね。


漠然と思っただけだから詳しく調べたわけではないんだけれども、なんか水着制限をするちゃんとした理由があるのかな?

その水着でせっかく良い記録出せた人も、水着を作った人も、やっぱりやるせないよね。

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コメント

おお仲間がいましたか(・ω・`)
うちも同意見ですよー
うちとしてはオリンピック等って、人類の限界に挑戦する事にも意味があると思うんですね。
世界新記録=未だかつて人類が体験した事のないスピードの泳ぎ というところにロマンを感じるんですよ

水着の進化も含めて 人類の限界突破としちゃいたいんですがねえ…
理解不能な考えでごめんなさい(^0^)←


でも、
オリンピック=ソロコン・アンコン
新型の水着=吹きやすい楽器
従来の水着=ボロボロ楽器
として考えると 微妙な感じにもなったり(^ ^;)
(うちの場合 楽器関係無しに本人の実力ですがw)

ぁー俺も同じ考えの人は初めてです。

ってか、自分の言いたかったことをそこまでうまく文章にされて若干凹むんですけどw



うちの場合、楽器関係無し>つまりリョウさんの実力がすごい良いってことですね、わかります。

  • [2009/07/29 22:08]
  • URL |
  • 隼人@サンミルク
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